エイプリル・フール

2019年01月28日

四月馬鹿

「君は、ヴァージニア・ウルフじゃない」
セイタカアワダチソウをさわさわと揺らす風は、思春期に感情を留め置かれた四十女の溜息よろしく、清涼な水色をしていた。
今、川沿いをゆっくり歩いている。
ヴァージニアがコートのポケットに詰めた石が、私の心臓の底に存在していることを確信しながら。
甘利さんの発した言葉を思い出した。
「君は、ヴァージニア・ウルフじゃない」
アスファルトと草の境目にしゃがみ、ポケットからライターを出した。
火をつける。
消す。
火をつける。
消す。
ずっと、ヴァージニアがウーズ川に入水したのを、冬だと思ってた。実際には、春だ。三月の終わりだったらしい。
ちょうど、今頃の季節だ。
一本タバコを吸った。煙がセイタカアワダチソウの茎に分け入り、もやのようにふやけ、やがて消失していくのをあまりにも呆然として見ている。
残りの本数を数えた。九本......。今日だけで、もう十一本も吸ったのか。
川沿いに何か見えた。
目を凝らす。
猫だ。
生きていなかった。
セイタカアワダチソウをかき分けて、土手を降りる。草が顔に当たり、かゆい。猫の遺体は、半分骨になっていた。なきがらの横を、転がり落ちるように通り越える。
水が、私の身体を認識し、私の身体を吸引した。
今も忘れない。
彼の全てを。
エイプリル・フール
腹立たしいほどに忘れる方法が分からない。
甘利さんは、言った。
君は笑顔がかわいいと。
君は明るい子だと。
君は面白い子だと。
君は他の子とは違うと。
君はヴァージニア・ウルフじゃないと。
全てが台無しになるということは、全てが最初からなかったことになるということなのだろうか。約束も、他愛ない冗談も、傍若を亡き者にするほどの傲慢も。


腰までしか、水位がなかった。
コートのポケットにはもう使い物にならないだろうライターとタバコしか入っていない。
石を詰めるのを、失念していた。
私たちの台無しな時間は、この小さな川の水に溶け出され、やがて、海へとたどり着くのだろうか。
水色ではなく、深い藍へと、参着するのだろうか。

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